今日は体調が悪く何もできないでいる。 何かだらだらと書いていればいい変化があるかもしれないと思ってこのようなことをしている。

体調の悪さがアウトプットにあらわれる性質があるので、元々はもっと暗いタイトルをつける予定だった。 しかし、暗い話ならみんなが書いていてもう十分だと思うのでできるだけ明るい話題のみを取り扱って話すように心がけている。 体調が悪いのでどうせまとまった文章は書けないはずだと思い、結局このようなタイトルになった。

社会性フィルターというものがある。

「よしなしごと」は社会性フィルターと似ている。

それで最初書こうと思っていたのが、日本語の変化についてである。 最近新書をたくさん読んでいる。 コンパクトで、高確率で題名と内容が一致しているので移動中などの空いた時間にサクッと読める。 新書は見た目はみな統一されているが、書いている人間は全く違う。 それで思ったのが、人によって語彙が大きく違うということだ。 たとえば「ぼうだい」という言葉を「厖大」と書く人がいる。 自分の観測範囲では「膨大」と書く人がほとんどだったので、「ぼうだい」という言葉が頻出する内容で何度も引っかかる感じがあった。

今調べてみると「厖大」と書くほうが本来は正しいらしい。 「厖」は常用漢字表にない字なので、置き換えられているとのことだ。 しかし「膨大」には膨れ上がって大きくなるという意味もある。 適当に常用漢字を当てたせいで意味がぐちゃぐちゃになってしまっているのではないか。

「前葉」という言葉もあまり使わない。 前のページという意味なのだが、自分の読んだ本の中では

〜一九八〇年代前葉

というように使われていた。 多分自分なら「前半」だとか「前期」だとか、そういう単語を使う。 辞書を見てもそういった用法は書かれていないのだが、業界用語か何かだろうか。

「矍鑠(かくしゃく)」なんてのはもっと使わないだろう。 歳を取っても元気でいるという意味で、矍鑠としている、というような使い方をされる。

しかしこれらの言葉が使われているのはそんなに古い本ではない。だいたい2000年代に書かれたもので、まだ20年弱……20年弱!? もう今世紀もそんなに経ったのか……

まあいい、めちゃくちゃ昔ではないだろう。 しかし自分の身の回りでこのような言葉を使いこなしている人は見当たらない。 一体新書を書くような人たちはどこにいるのだろう? 自分がその世界を認識すらできていないというだけで、まだ語彙の豊かなコミュニティがどこかに存在するんだろうか。 自分はそこにたどり着くことはおろか、どこにあるかを知ることすらできないのだろうか……